災害列島 命を守る情報サイト

これまでの災害で明らかになった数々の課題や教訓。決して忘れることなく、次の災害に生かさなければ「命を守る」ことができません。防災・減災につながる重要な情報が詰まった読み物です。

地震 想定 知識 教訓

それでもあなたは帰りますか? 帰宅困難者「群集雪崩」の危険

道路には帰宅する大勢の人があふれた 平成23(2011)年3月11日 東京 新宿区

東日本大震災で社会問題になった帰宅困難者。実はこの帰宅困難者に命の危険が及ぶケースがあることがわかってきた。専門家は帰宅困難を「ただ家に帰るのが難しい問題」ではなく、人が折り重なって倒れる「群集雪崩」の危険があると警鐘を鳴らしている。首都直下地震では、最大800万人にものぼると予測される帰宅困難者。それでも、あなたは家に帰りますか?(社会部 災害担当記者 森野周)

2019年放送の番組「体感 首都直下地震」で紹介された内容です

目次

    ドラマで描いた「群集雪崩」とは

    人が集中して動けなくなり、折り重なって倒れる人たち。これは、NHKのドラマ「パラレル東京」の1シーンだ。ドラマでは密集した群集が折り重なって倒れる「群集雪崩」と呼ばれる現象が発生して多くの死者が出るというシーンを描いた。

    ドラマで「群集雪崩」が発生した場所は、東京 丸の内や、渋谷のセンター街周辺など人が集まるターミナル駅の周辺。こうした現象が起きる大きな原因となるのが大量の「帰宅困難者」だと専門家は指摘する。

    帰宅困難者515万人 東日本大震災で起きたこと

    「帰宅困難者」問題を改めて振り返る。8年前の東日本大震災。ターミナル駅の周辺にあふれる人たち、道路まではみ出して家に向かう人たちの光景は社会に衝撃を与えた。国の推計では、このときの帰宅困難者は首都圏の1都4県で515万人。東京都内だけでも352万人にのぼった。

    道路には帰宅する大勢の人があふれた 平成23(2011)年3月11日 東京 千代田区

    原因は、首都圏にいる大量の通勤・通学者だ。首都圏の1日の鉄道利用者数は4000万人といわれる。地震の発生が午後だったこともあって、多くの帰宅困難者が生まれた。30キロ以上を歩いて帰った人も多かったという。

    帰宅困難者の「危険な誤解」とは

    しかし、東日本大震災のイメージで帰宅困難者の問題を語ることには、大きな問題があると指摘する専門家がいる。東京大学大学院准教授の廣井悠さんだ。

    廣井さんは、帰宅困難の問題には「危険な誤解」があるという。

    「東日本大震災ではみんな徒歩で帰っていた。次も同じように帰れるだろう…」

    皆さんの中に、同じように考えている方はいないだろうか? 実際、廣井さんの調査では、東日本大震災で家に帰れた帰宅困難者の84%が次も同じ行動をとると答えている。しかし、これは自らの命を危険にさらしかねない大きな間違いだという。

    シミュレーションでは“満員電車並み”の混雑に

    廣井さんは、首都直下地震が起きたときの帰宅困難者のシミュレーションを行った。500万人が一斉に帰宅したという想定で計算を行うと、各地で、東日本大震災を上回る混雑が発生することが明らかになった。その一部が、以下の地図だ。

    「条件:500万人一斉帰宅から2時間後」

    濃い紫の場所は1平方メートルに6人以上という混雑が予測される道路だ。東京 丸の内や渋谷、新宿など各地で発生していることがわかる。この場所では、満員電車並みのほとんど動けなくなるような混雑が予想されるという。

    こうした状況で、特に危惧されるのが、冒頭に見た「群集雪崩」だ。

    「群集雪崩」とは

    「群集雪崩」は過去に国内でも起きている。平成13年、兵庫県明石市の歩道橋で花火大会の見物客が折り重なって倒れ、11人が死亡。250人がけがをした。11人はすべて小さい子どもと高齢者だった。

    花火大会に詰めかけた見物客で歩道橋周辺は身動きがとれなくなった

    群集雪崩は、海外でたびたび起きていて100人を超える死者が出たケースもあるという。

    首都直下地震の群集雪崩 最悪100人以上も

    首都直下地震で本当に群集雪崩は起きるのだろうか。「悪条件が重なると起きる可能性は十分にある」という。次に示すのが、廣井さんが考える、「最悪のシナリオ」だ。

    最悪のシナリオ
    前にも後にも動くことができない混雑。ビルや地下街の出入り口からも次々に人が流れてくる。逃げ込める脇道はない。人々が密集し、壁に押し付けられるような人も。そのとき、突然大きな余震が発生し、人々が我先に逃げようとする。危ないのは地震でできた道路の段差だ。段差に人がつまずき、倒れ込み始める。さらに回りにいる人たちが連鎖して倒れ、「群集雪崩」につながる…。

    首都直下地震で予測される帰宅困難者は最大800万人。東日本大震災の1.5倍にのぼる。その一部で、このようなことが発生するだけでも甚大な被害につながるのだ。

    廣井准教授
    「首都直下地震では、最悪の場合、100人以上が巻き込まれる群集雪崩が発生するおそれもある。ハロウィーンのときの渋谷やコンサートなど人が集まる場所では、通常、警備員が誘導して人を一箇所に集中させないようにするが、地震の時はそうした対策は難しい。ひとたび、人が密集している場所に巻き込まれてしまうと、自分の意思で、そこから逃げ出すことは難しくなるのです」

    「群集雪崩」に巻き込まれないためには?

    首都直下地震で帰宅困難者が大量に発生した場合、群集雪崩以外にも、火災に巻き込まれるなど、さまざまなリスクがあるという。このような事態を防ぐにはどうすればいいのか。廣井さんは、次のように答える。

    廣井准教授
    「対策は単純です。人が『帰らない』ことを徹底すればいい。個人レベルでは、第一に、人が多そうな場所に行かないことが大事。情報があるのではないかとターミナル駅に人が集まることが予想されるが、絶対に行ってはダメです。また、企業が従業員を家に帰さないことに加え、外にいる人たちが、どのような行動をとるかなどのルールをあらかじめ作っておくことも大事です」

    最大の「帰宅困難者対策」とは

    しかし、「帰らないでくれ」と言われても、家族と連絡がとれない状況で、「危険だから帰らない」という判断ができない人もいるだろう。
    最後に、廣井さんに尋ねた。

    -「それでも、家に帰りたい」という人は、どうすればいいのでしょうか?

    廣井准教授
    「家族の安否がわからないときに、『家に帰りたい』と思うのは当たり前です。だからこそ、耐震化や家具の固定などで家を安全な場所にしておくことや、災害時に連絡を取り合う方法や集合場所などをあらかじめ話し合っておくことが大切です。
    日ごろの防災を進めることこそが、最大の『帰宅困難者対策』だと思っています」

    「自分は大丈夫」と思わないで

    ここまで伝えてきた帰宅困難者のリスクに今は実感がわかない人も多いと思う。しかし、「自分だけは大丈夫」と思って動いた人(あるいは動かなかった人)が、災害に巻き込まれた多くのケースを、私たちはこれまでに見てきた。いざ、「そのとき」が来たら、どうするのか。地震のリスクを「自分ごと」と捉えて、今から考えておくことが必要だと思う。


    banner
    NHK防災・命と暮らしを守るポータルサイト